2012年5月21日 (月)

日食見ました

 今朝は全国的に日食デー。前々からわくわく、準備万端で迎えた朝。昨夜はイライラがひどくて投げやりだったんですが、やっぱり世紀の天体ショーは見ておきたいと、6時半起床。

 日常の家事をしつつ、日食メガネを持って何度も表に。このあたりは金環帯から外れていて、部分日食だったんですが、次第に太陽の光が薄くなり、夕方でもない、夜明け前でもない、不思議な青みがかった空気に変わるのを体感しました。

 ピンホールでの観測も試みたんですが、準備不足で上手く見られずに残念でした。彦根の次男は日食メガネを準備せず、ピンホール観測を楽しんだようでした。

 本当に何度も出たり入ったりして、刻一刻と変わる食を観測し、最後出勤して職場の裏で終わりかけまで見届けました。満足満足。

 それにしても、うちのあたりは子どもがいないせいもあるのですが、日食を観測している人が皆無でした。テレビで中継していたので、実際見てみようと思う人がいてもいいのに。5分10分おきに表に出て観測している私は不審者?


 昨日のイライラはひどかったし、うまい解消法もなくて苦しかったです。腹が立つとも違うし、焦燥ともちょっと違う、独特の激しいイライラでした。どうしたら楽になるのかわからなくて困りました。

 この頃改めて思うのですが、『心の仕事』は本当の私の仕事なんですよね。家事やいわゆる仕事は私でなくてもいいのだけれど、この仕事だけは誰かに代わってもらうことは出来ない。どうしても私が取り組んでいくしかない、私の仕事なんです。実はここに大きなエネルギーがいるんだなぁ。

 お金を稼ぐ、それだけではないけれども、いわゆる普通の仕事をして、家事をして、その余分に『心の仕事』をしてるんだ、私。時には疲れてイライラしても当たり前かな。そのイライラを人にぶつけないでいるだけましかな。

 心の仕事が順調にいってるときは、他のこともほぼ順調に回って、精神的にも安定しています。イライラが出るというのは、それが上手くいってない印のようなもの。生活や仕事に影響が出る前に手を打たないといけないのかも。具体的には何をどうしたらいいのか、すごく悩んでる部分でもあります。

2012年5月20日 (日)

イライラ

 今日はイライラが募ってたまらないです。

 朝、表を掃こうと出たら、隣の犬が外にいてうるさく吠えながらこちらに走ってきて。ぎゃっと思って門の中に飛んで入り、門扉をガシャンと閉めたら、犬がその前に来てワンワン。玄関をガラガラピシャンと閉めて撤退。忌々しいアホ犬め!!

 元々犬は小さくても怖いのですが、そこの犬はとにかくいつもうるさい。飼い主の制止もきかない。隙あらば走ってきて、飛びかかり、かぶりつく。ミニチュアダックスといっても、かぶりつかれたら犬嫌いには恐怖です。

 いつもはそこの犬はそういう性質だからと我慢できるのですが、今日は妙にイライラしてしょうがないのです。散歩の足音が聞こえるだけでムカムカする。吠え声が聞こえたら机を叩きたくなる。

 全くどうかしてます。精神状態がよくないんだなぁ、きっと。玄関をピシャンと閉めた音、飼い主に聞こえただろうな。きっと気を悪くしただろうな。

 明日の朝は日食。ずっと楽しみにしていたんですが、もうそれすらどうでもいいぐらい気持ちがすさんでいます。

2012年5月19日 (土)

久しぶりに

 突き詰めて考えることに疲れて、中島みゆきのDVD見てたら何だか泣けてきて。泣くなんて久しぶりだなぁって思いながら。たまには泣かないと、亡き人が寂しがる。そんな一日でした。

2012年5月18日 (金)

今にして思えば

 今更気づくというのもおかしなものですが・・・。3年前の春に今の診療所に紹介していただき、インテーク面接を受けた後、担当の相談員さんから連絡がありました。診療所は居住地から遠方なので、近くのクリニックを選択肢の一つとして情報提供していただきました。検討して返事をしますと答え、いろいろ調べて考えた末、今の診療所にお願いしたいと決めたのです。

 前の先生の最後の診察の時、もし今後どこか別の医療機関に変わるとしたら・・・という話の中で、「あえて挙げるとするなら・・・」と前置きして言われたのは、初診前に提案された同じクリニックでした。そのクリニックではPTSDの治療にEMDRを実施しており、「実際にどのような治療をされているのかはわかりませんが、そこなら可能性はありますね」とのことでした。

 

 今更と可笑しくなりますが、診療所では、受け入れ前から今に至るまで、私にはトラウマによる問題があると認識していたということなんでしょうか。

 自分ではやっとそこまでたどり着いたような気がします。

 基礎疾患はうつ病であって、うつ病があったから悲嘆がこじれ、トラウマチックな出来事にもとらわれているのでしょうか。そして悲嘆やトラウマのせいで元々のうつ病も悪化して、心身の不調が長く続いたのでしょうか。

 

 『心的外傷と回復』(ジュディス・L・ハーマン)を時間をかけて読んでいます。自分の問題であるにせよ、ないにせよ、関心あるテーマであるので。翻訳がさすがに中井久夫先生だけあって素晴らしく、翻訳物を読む時の苦痛がまるでない。・・・と変なことにも感心しながら読んでます。

 図書館で借りた本は初版で、その後増補版が出ているようです。買うとしたら高い本だなぁ。

2012年5月17日 (木)

うつはもういい

 どうも精神的によくありません。ロクでもないことばっかり考えてしまうというか。すごく主治医にすまないことに、「先生は私と亡き人の物語を不道徳なものと思って嫌悪感を持っておられるのではないか?」などと。そんな風に感じることは先生を馬鹿にしてると思うのです。でもそんな風に思ってしまうぐらい、精神的によくないです。

 前の主治医に最後の診察の時に診断について話していただきました。「うつ病でしょうね」とはっきり言われました。うつは自己コントロールできる程度には回復しているので、自分ではもう治ったとさえ思っていました。はっきり先生にうつと言われて、「そうか・・・まだうつなのか」と素直に受け止めました。主治医の交代にあたっての引き継ぎの文書にも、病名は『うつ病』と多分書いてあります。

 新しい先生の初回の診察はさておき、その後の2回の診察はまさにうつ病に対する診察でした。亡き人の話に少し触れると、話が深くならないようにストップがかかりました。今は診察の枠組みを作る時期だから仕方ないと思いながらも、時間の制約があるのだからと重々わかっていながらも、どうしてここでその話が出来ないのかと・・・。

 私はうつ病なんだろうけど、うつ病についてはもう悩んでないのです。薬は続けるし、疲れ過ぎないように、生活リズムを崩さないように、注意することは守ります。うつについては自分でコントロールできるのです。元主治医の治療がほぼ終わった2005年以後は、時に底尽き感に襲われて多少の調整をしつつも何とか上手くやってきました。人より疲れ易いことや踏ん張りが利かないなどの症状は依然としてあるものの、精神的には波がない状態を維持できています。

 もううつではないとまでは主張しませんが、「うつについてはコントロールできているので大丈夫」なんです。その自己コントロールを支え、強化していただければ、おそらくこれからもやっていけるんです。うつ病に焦点を当てられることは久しぶりで、そのこと自体に大いに戸惑っているのかも知れません。

2012年5月15日 (火)

パンクしそう

 亡き人について、唯一思う存分語ることの出来た前の先生との診察が終わり、語ることが出来ないままにずいぶん経ち、語りたい思いが日に日に募ってパンクしそうです。昨夜はこれまでもなかなか診察時に語ることが出来ないでいたトラウマ的な出来事について、自動的に再生が始まったように細部にわたる思い出しが始まり、「ここは安心できる場所ではない、今は大丈夫な時ではない、一人だけで扱える記憶ではない」とその思い出しを中断しようと、立ったり座ったり、いろいろと試みた末に、やっと切れ切れになって止まりました。

 何でこんなことが起きるんだろう。何でこれまでそういうことが起きなかったんだろう。

 一つには、これまで『そのこと』については十分には触れてこなかったけれど、他のことでは亡き人について語ることが出来る時間が確保されていたことがあると思います。しかも一方的に語るだけでなく、語りを聴く人がおり、語った内容について話し合うことが出来ました。だから記憶が暴走することがなかったのかも知れません。

 もう一つは、そのことについて向き合うべき時が来ているのかも知れません。主治医の先生が替わって、新たに一から築いていかねばならなくなり、逆にこれまで触れないで来たことに手をつけるチャンスが来たのかも知れません。


 最近本当に切実に時間が足りません。前の先生の時は診察時間に先生と私とで方向を探っていった事柄を、今は自分一人で、自分の時間の中で考え続けてまとめないといけません。本もしっかり読まないといけないし、一人でいろいろな解釈を吟味しないといけません。それから考えを深めるためにじっくり投げ出さないで考えることも必要です。話せない分、どこかに書いておかねばなりません。そうしていると、時間があっという間に過ぎてしまって、毎日寝不足で、もっと時間が欲しいと切迫した思いになります。

 当たり前のように受け取ってきた前の先生との時間は、このどんどん広がっていく思索をまとめるためにどれほど大切な時間だったことか。失って初めて、前の先生との診察時間の中でしてきたことを一つ一つ確認する日々です。

 しかし、その時間はもう戻ることがないので、これから今の先生に求めたいことも浮かんできました。亡き人の人生と、そこに関わった私の人生の証人になっていただきたい。この交錯した人生の行き着くところを見届けていただきたいのです。その中で、冒頭のトラウマ的なことについてもきちんと向き合っていけるようサポートしていただきたいと願います。

 今は診察の枠組みを決めていく時期なんだろうと思うので、何事も進まないのは仕方ないのですが、もう本当に少しガス抜きしないと具合悪くなりそうです。

2012年5月13日 (日)

母の日

 昨日から一泊で一人で夫の母の所に行ってました。義母は元気です。手首を骨折して不自由ではあるものの、認知症で短期記憶が抜けるものの。元気です、全くほんとに。

 今日は母の日でした。私の母、実家の母は去年亡くなりました。母を思うと、誇るに足る人生だったにもかかわらず、自分を誇ることがなかったと思います。謙虚というのでもない。ただ、いつも今を生きることに一生懸命で、過去を語ることがなかった人でした。

 10代で父と死別し、一家を支えるために小さな会社で働き、遅くに結婚後子どもを3人産み、PTA活動に始まって生協や消費者協会での社会活動に亡くなるまで携わっていた母。忙しい日々の中で、たまに日曜日家にいるとき、私に電話してきたものでした。電話でも、愚痴は言わず、過去を語ることもなく、ただ近況や私の子どもたちへの気遣いを示してくれました。

 思いがけない突然の死さえも、潔い母らしい気がします。

 義母の昔語りを拝聴しつつ、私は果たして、年老いたとき、どんな物語を語るのだろうか? と思いました。過去の誇りに生きる義母。過去を誇ることをしなかった実母。さて、私は・・・?

 出来るならば、実家の母のように、今を生きることに精魂傾けて、最期まで現役で生きたい。しかしそれは人智のあずかり知らぬ所です。もし長い余生を生きるならば、どんなおばあさんになりたいのか、意識していかないと怖いなぁ。愚痴ばあさんも嫌だし、自慢ばあさんも嫌だ。

2012年5月11日 (金)

福岡から到着

 昨日ジュンク堂三宮店で取り寄せを頼んだ本が今夜もう届きました。数日かかるかと思っていたのでびっくりするやら嬉しいやら。

 出版社にも在庫がなく、新本を入手するのは無理かと思っていました。届いた本は1998年の第1刷。福岡の書棚で今までじっと眠っていたんでしょうね。10年以上の時を経て私の手元に来たことに、不思議な縁すら感じます。

 これで図書館から借りていた(貸し出し延長した上に延滞していた)同じ本を返しに行けます。

2012年5月10日 (木)

しんどいのは私だけじゃない、きっと

 今日は診察の前に大事な予定があって・・・♪

 去年からの約束がようやく実現し、しばし現実から離れていい時間を過ごしました。心にも体にもしっかり充電。このところ何かと堅苦しいことにばかり向きあってたので、ほんとに貴重なひとときでした。


 さて、診察では、先生は何よりゴールデンウィーク中に無理をして調子を崩してないか心配してくださってたようで。前半3連休は夫の実家で気を張って頑張り、後半4連休は自宅で身の回りのことを片付けながらゆったり過ごしたことを報告しました。「何よりも無理をしないことが課題でしたので」と、一応及第点をいただきました。

 先週は連休で診察がお休みだったので、今日は多分予約が詰め詰めだったと思われ、私もどうしても話したいことをとにかく・・・と気が急いて気が急いて。最低限のことは話せたと思いますが、枝葉のない幹だけの話になりがちでした。結論だけを性急に突きつけるような・・・。仕方ないのですが、切り捨てた枝葉の方に本当は聴いていただきたいことがあるのだという思いを拭えず、診察の後かなり落ち込んでしまいました。

 日々思い、学び、考えていることには厚みや深さやふくらみが十分にあるのに、それを限られた中で伝えようとするとどうしてこんなに薄っぺらで借り物みたいになってしまうんだろう。

 思いました。この診察に不全感を感じているのはきっと私だけじゃない。おそらく先生もまた、かみ合わない歯車のきしみを感じておられるに違いないのです。診察が上手く回るようになるまで経験では目安は1年。長い長い道を一歩一歩先生と一緒に進んで、ようやくお互いに実りある診察時間を持てたと実感できるようになる。だから、落ち込むけど、虚しいけど、積み重ねていくしかないのでしょう。

 

 人は自分にとって慣れたやり方でないとなかなか安心できないのですね。私にとっては、質問されなくても先生が訊きたいことは自ら話せる、とか、今のように身体的な症状が出てるときは、初めに身体面、次に精神面、最後に生活面について話し合い、精神的なことについて話したことによるダメージを生活の話をしながら修復して終わるというやり方が一番落ち着くのです。

 その自分なりのパターンがなかなか修正できないがために、次々質問されることに居心地の悪さを感じ、心の問題に触れた後始末が上手くできなくて気持ちが散らかったままになってしまうんだと思います。主治医が変わったのだから、これまでのパターンを変えなくてはならないのだけれど、それは簡単なことではないんだと薄々感じています。


 3月、前の先生の診察が残り2回になったときから、終結に向けての話し合いに集中し、それはとても上手くいって、これ以上はないだろうというピリオドが打てました。そして4月、新しい先生に出会い、今は何事も一から話さねばならないことや時間の制約に追われて、唯一診察の場でのみ触れることが許される話が全く出来ていません。話せないことがつらくて、診察にはそういう意味もあったのかと気づきました。

 今日、ジュンク堂で、福岡のジュンク堂に一冊在庫があるという本を取り寄せる手配をしてもらいました。『死別の悲しみに向きあう』(トーマス・アティッグ)。ものすごく前向きに死別と向き合い、そこから豊かに学んでその後を生きる実際的な方法が書かれており、悲嘆についての書物の中では異色のものです。死別後間もなくであったら、このような本はとても読めなかったでしょう。今だから解り、今だから活かせる、そんな気がします。

 その本には生前のその人との関係ではなく、死後のその人との関係を新たに結び直すことにより、死別後の人生に適応していくという論が書かれています。忘れるのではない、思い出にしがみつくのでもない。死んだら終わりではなく、そこから始まる新しい関係がある。とても励まされることではありませんか?

 そのために必要なことが、死後、亡き人の人生を十分に確かめることであり、実はそういう作業を診療所でしていたのだ・・・と思い至っています。日々の中では亡き人など私の人生に存在しなかったかのように振る舞うことを余儀なくされているのですが、診療所でだけはその人について語ることが出来たのです。同じことを何度も話したかも知れないし、新しいことを見つけ出して話したかも知れません。その繰り返しの中で、今の私と今の亡き人がもう一度つながりを結び、私自身適応的に日常に向かえるように少しずつ変わっていけたのだと思います。その作業はまだ完了してなくて、こうしてしばらく話す機会がないとたまらなく苦しくなります。

 そういうことも含めて、今はいろいろと苦しい時期かも知れませんが、とにかく粘り強く今の先生との時間を重ねて、このしんどい時間も互いに笑って振り返ることが出来るときが来ることを信じていきたいと思います。

2012年5月 7日 (月)

覚え書き(トラウマなのか?)

 年度が改まってから、日々学ぶことや感じること、考えることのほとんどを表現できないでいるのが苦痛になってきています。これまでそういう一人の作業(診察と診察の間の)を報告し話し合うことが出来た診察室が、今はまだ緊張をはらんだ場であるので。互いにどのように歩み寄り、治療関係を築いていけばいいのか、まだ手探りの状態であるので。おそらく先生にはビジョンがあると思われますが、それがどういったものなのかが私にはわからないので。

 とはいえ、私の日々は表現の場がないというだけであって、止まってはいず、今はトラウマについて集中して知り、考え続けています。

 以前から実際に診療の場で、悲嘆モデルの参考としてトラウマモデルについて話されることはありました。トラウマの研究や治療もまだ浅いながらも、悲嘆の治療よりは歴史があり、治療的にも重なる部分もあるようでした。

 私の体験がトラウマと言えるかどうかはもし機会があれば診断にゆだねることですが、それとは切り離しても、なぜかきちんと知りたいという思いが湧いてきました。信頼できる参考文献のリストを得たこともあり、いい機会なので学んでみようと思っています。

 4月に新しい主治医の初めての診察で、「一番つらかったことは何ですか?」と訊かれ、それに答えて、深く考えることなしに話したのが、スローモーションで、もしくはスライドを見るようにして繰り返し思い浮かぶ出来事であり、そのことに思っている以上にとらわれている自分にその時気がつきました。そのことの記憶が焼き付いているために、他の普通の記憶が思い出せないことがずっとあり、これまでも思い出せない記憶を取り戻したいといろんなアプローチでやってきたけれど、十分には成功してないのです。

 そのこと自体については何度も断片的に話してきたのですが、時系列でそこに焦点を当てて話したことはなかった気がします。もちろんそういうことが必要かどうかは先生の判断になりますが、何となく今後そういったことも必要になってくるのではという予感がしています。

 単発的な出来事でありながら、そこに至る何年間かの希望の持ちにくく自分を奮い立たせることに全精力を使った時間とその結末を思うと、その年月も日々生死に関わるぎりぎりの攻防であり、精神に影響が及んでも不思議ではない気がします。

 こういうこともまだ診察室では話せないんでしょうから。まだほとんどまとまりがついていませんが、メモとして書いておきます。