決断をサポートする
うつという病気になり、回復していく過程でいろんなサポートを受け、またうつ状態の人をサポートする経験を通して気付きや学びがありました。体験の整理という意味で、少し書いていきたいと思います。
最近、ある精神科医のブログのコメント欄で、当事者と思われる方からのコメントを拝読しました。「『死にたい』と言った時、先生の言葉は『休みなさい』ではなく『休みますか』でした」。おそらく仕事を続けながら治療されていたのでしょう。死にたい気持ちを訴えた時に、本当は「仕事を休みましょう」と先生に決めてもらいたかったんですね。でも、「あなたが決めなさい」という対応をされたことで、この人はさらに追い詰められてしまったのでしょう。
『決断が出来ない』ことが、うつ状態のひどい時にはよくあります。仕事に行くことがつらい、実際行っても精神的にも身体的にもつらく、仕事にならなくて、そのことでさらにつらくなってしまう。でも、『休む』という決断が、自分で出来ないことはごく普通にある症状です。
私自身も、空回りしているのに、手話の活動をどうしても休めませんでした。そんな時に、私の主治医の先生は「ドクターストップですよ」と言って、活動に参加してはいけないと命じてくださいました。そう言われて、やっと休むことが出来て、どんなに気が楽になったか知れません。
その後、活動に復帰したいのに今一歩が踏み出せずに、手話サークルの例会のある金曜日ごとに出かける支度をしては玄関で挫折して、行けないことで自責を感じ、焦りがひどくなって消耗する時期がありました。その時先生は、「通院の日を金曜日にしましょうか?」とおっしゃいました。金曜日を通院日にすれば、同じ日の例会には参加できなくなります。参加できない状況を作ることで、ジレンマに陥ることがなくなり、無駄なエネルギーの放出を止められます。でも、先生は「金曜日にしましょう」ではなく、「しましょうか?」と決断を私に任せられました。私は考え、これまで通り水曜日に通院し、金曜日の例会参加はしばらくやめることにしました。
初めは、先生が「休む」という決断を代わりにしてくださって、命令の形で休みに入ることが出来ました。そして、復帰の時期を模索していた時には、選択肢を提示するだけで、決断は私自身がしました。患者の経過を見ながら、決断を肩代わりする、また、本人に任せるが、その際適切な選択が出来るようにサポートする・・・時宜に適した治療を受けていたと再確認しています。
そして、今度は私自身が、友人の立場でうつ状態の人のサポートをすることがありました。仕事に行かねばならない、でもどうしても行くことが出来ない。行けないのだけれど、「休む」という決断が出来なくなっていました。私は今は休ませるべきと判断し、「今日は休みましょう」と提案(実は決断)し、その人の欠勤連絡を引き受けました。仕事の関係者には、病気のことは伏せていましたが、「決して怠けや無責任ではない。どうしても今は体調が悪く、出勤することが出来ない状態」と伝えました。
やがて快復してくると、自分自身で、どうしても出勤できない場合、「今日は休みます」と言えるようになりました。自分で休むことを決断できるようになったのは、病状がどん底を脱したサインで、大きな変化であり、快方に向かっていることを私自身は確信していました。(本人は気付いていなかったようでしたが、もっと快復した頃に指摘すると、納得したようでした)。
本当は友人の主治医と連携が取れたら、一番良かったと思います。そうできない事情があり、私自身、「これでいいのか、これで良かったのか」と常に自問自答の繰り返しでした。適切な相談相手もいない中で、私もとても苦しいサポート体験でした。でも、私が弱音を吐いてどうする、本当にしんどいのは友人自身なんだから・・・と思うと、不思議に頑張れました。最悪の事態を回避できたのは、偶然とか運命とか言うしかないような状態でしたが、何とか山を越えることが出来たのも、私自身がサポートされながら生き延びてきた経験があったからで、その時の先生の、専門家としての確かさに、巡り巡って救われたと思います。
最近、ある精神科医のブログのコメント欄で、当事者と思われる方からのコメントを拝読しました。「『死にたい』と言った時、先生の言葉は『休みなさい』ではなく『休みますか』でした」。おそらく仕事を続けながら治療されていたのでしょう。死にたい気持ちを訴えた時に、本当は「仕事を休みましょう」と先生に決めてもらいたかったんですね。でも、「あなたが決めなさい」という対応をされたことで、この人はさらに追い詰められてしまったのでしょう。
『決断が出来ない』ことが、うつ状態のひどい時にはよくあります。仕事に行くことがつらい、実際行っても精神的にも身体的にもつらく、仕事にならなくて、そのことでさらにつらくなってしまう。でも、『休む』という決断が、自分で出来ないことはごく普通にある症状です。
私自身も、空回りしているのに、手話の活動をどうしても休めませんでした。そんな時に、私の主治医の先生は「ドクターストップですよ」と言って、活動に参加してはいけないと命じてくださいました。そう言われて、やっと休むことが出来て、どんなに気が楽になったか知れません。
その後、活動に復帰したいのに今一歩が踏み出せずに、手話サークルの例会のある金曜日ごとに出かける支度をしては玄関で挫折して、行けないことで自責を感じ、焦りがひどくなって消耗する時期がありました。その時先生は、「通院の日を金曜日にしましょうか?」とおっしゃいました。金曜日を通院日にすれば、同じ日の例会には参加できなくなります。参加できない状況を作ることで、ジレンマに陥ることがなくなり、無駄なエネルギーの放出を止められます。でも、先生は「金曜日にしましょう」ではなく、「しましょうか?」と決断を私に任せられました。私は考え、これまで通り水曜日に通院し、金曜日の例会参加はしばらくやめることにしました。
初めは、先生が「休む」という決断を代わりにしてくださって、命令の形で休みに入ることが出来ました。そして、復帰の時期を模索していた時には、選択肢を提示するだけで、決断は私自身がしました。患者の経過を見ながら、決断を肩代わりする、また、本人に任せるが、その際適切な選択が出来るようにサポートする・・・時宜に適した治療を受けていたと再確認しています。
そして、今度は私自身が、友人の立場でうつ状態の人のサポートをすることがありました。仕事に行かねばならない、でもどうしても行くことが出来ない。行けないのだけれど、「休む」という決断が出来なくなっていました。私は今は休ませるべきと判断し、「今日は休みましょう」と提案(実は決断)し、その人の欠勤連絡を引き受けました。仕事の関係者には、病気のことは伏せていましたが、「決して怠けや無責任ではない。どうしても今は体調が悪く、出勤することが出来ない状態」と伝えました。
やがて快復してくると、自分自身で、どうしても出勤できない場合、「今日は休みます」と言えるようになりました。自分で休むことを決断できるようになったのは、病状がどん底を脱したサインで、大きな変化であり、快方に向かっていることを私自身は確信していました。(本人は気付いていなかったようでしたが、もっと快復した頃に指摘すると、納得したようでした)。
本当は友人の主治医と連携が取れたら、一番良かったと思います。そうできない事情があり、私自身、「これでいいのか、これで良かったのか」と常に自問自答の繰り返しでした。適切な相談相手もいない中で、私もとても苦しいサポート体験でした。でも、私が弱音を吐いてどうする、本当にしんどいのは友人自身なんだから・・・と思うと、不思議に頑張れました。最悪の事態を回避できたのは、偶然とか運命とか言うしかないような状態でしたが、何とか山を越えることが出来たのも、私自身がサポートされながら生き延びてきた経験があったからで、その時の先生の、専門家としての確かさに、巡り巡って救われたと思います。



最近のコメント